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横須賀オン・マイ・マインド

(横須賀のタウン誌 「朝日アベニュー」に毎号連載中のショートエッセイをそのまま掲載しています。)


第11回  何と言っても生が一番
 と言ってもビールの話ではない。この連載にも度々書いてきたがクラシックであれ、ジャズであれ生音(なまおと)にはレコードやCDにはない迫力と説得力がある。良質な生の音楽に接することは良い音楽づくりを目指す人にとって重要な第一歩となる。
 先日テレビで小沢征爾氏が松本で斉藤記念コンサートに参加し、演奏を聴かせると同時に若い生徒達を指導するシーンがあった。松本の人達は本当に羨ましい。少なくともあの生徒達の中から感激を大きなよりどころに将来成長する人が少なからず出るに違いない。
 学校の音楽関係のクラブもレベルは年々間違いなく向上しているが、更に質的に向上するためには良質な生の音楽にもっともっと数多く接することが大切である。
 こうした機会が少ない事の責任は音楽を提供する側にある。若い人達が気軽に生演奏を聴ける場が現実的には余りないのだ。国内でも功成り、名遂げた音楽家は小沢氏のように良質の音楽を広く普及させる事にもっと心を砕いて欲しいものである。そして我が街横須
賀もこういう場をどしどし創出し、真の文化都市としてその名を全国に広められたらいいなと思う。

第12回  友を悼む
 2002年という年は私にとって当コラムの執筆やジャズ教室の開設等、新しいチャレンジの年であった半面、5人の友人を失った悲しい年でもあった。
 5人とも50代で昔からの音楽仲間、そして皆癌であった。9月に逝ったSさんの事は特に忘れられない。彼は96年に脳腫瘍から奇跡的に回復したあと、4種の癌にことごとく打ち克ってきた。優秀なクラリネッターだったが、3度目の喉頭癌が原因で吹けなくなってからピアノに転向し、ここ2,3年はピアニストとしてずっと一緒に演奏してきたのである。
 彼のホームページには闘病の模様が赤裸々に描かれており、6月の書き込みが絶筆となった。そして8月に浅草HUBで最後の共演後、2日後に入院したのである。9月はじめに病室を見舞った時の彼の力無い笑顔が未だに瞼から離れない。私は気の利いた激励の言葉も見出せず、病室を後にした。訃報はその10日後であった。
 葬儀は故人の生前からの希望通り音楽葬で執り行われ、ニューオリンズスタイルのブラスバンドで賛美歌を演奏しながら、私は無念であったろう彼の早い死を思い、涙が止まらなかった。

第13回  ライブは怖くない
 先日私のジャズライブに友人を招いたら“何を着ていけばいいの?”と質問を受け、あ、そうか、そういう疑問もあるのか、と改めて思い知らされた。
 ざっくばらんに訊くと不安材料は色々あるようだ。まず料金である。一体いくらかかるのか。これは店や出演者により千差万別だが、基本的に料金はチャージと飲食費から成る。予めおおよその料金を確認していけば安心である。冒頭の疑問であるが、クラシックのコンサートと異なり、通常ジャズライブの服装は自由である。
 拍手のタイミングはクラシックとジャズで異なる。クラシックは演奏が終わり、誰かが拍手するまでは待った方が無難である。然しジャズライブではアドリブソロが終わった段階で、曲の途中でも遠慮なく拍手してよい。むしろこの拍手が奏者を乗せるのだ。問題は曲の手拍子だ。演歌等では1,3拍目なのに対しジャズは2,4拍目に叩く。自信がなければ成行きを見て回りに合わせた方が良い。
 ライブの醍醐味は演奏者と聴衆が一体となり、お互いが演奏を盛り上げていく事にある。会話を自由に楽しみたい方は早めに居酒屋か喫茶店への移動をお勧めする。

第14回  ジャズは体力だ
 海外のミュージシャンと共演すると、ジャズは体力勝負だとつくづく感じる。
 最も痛切に感じるのはジャムセッションに臨んだ時である。ジャムセッションというのは一つのテーマに基づいてプレーヤーが自由にアドリブを競ういわば音楽の格闘技である。かなり興も乗り、夜も更けてそろそろこちらの瞼が重くなる頃から彼らのフレーズは俄然精彩を放ってくるのだ。疲れるどころかアイディアがどんどん膨らんで来るみたいだ。単なるスタミナやパワーとも異なり、精神高揚力とでも言うのだろうか。
 更に彼らは滅法酒に強い。いくら飲んでもだらしなく酔いつぶれる事がない。それどころかフレーズが冴え渡ってくるのである。ズートシムズと言うテナーサックスの名手はべろべろに酔っぱらってもすごくスイング感のある演奏をしたことで有名である。ある人が彼に訊いたそうだ。“貴方は何故酔っぱらってもあんなに上手く吹けるのか“と。彼は言った。“そりゃあいつも練習の時から酒飲んでるからだよ“だと。
 私もズートにあやかり、楽器は別にして飲む方の練習だけは毎日欠かさず続けている。

第15回  ジャズはリズムだ
 世の中には演歌や歌謡曲のような唄物は好きだがジャズやロックはどうも、と言う方が大勢居る。この気持ちは分からぬでもない。
 基本的に唄物は詩が先にあり、これにメロディが付く。従って曲想が描きやすく、覚えやすい。カラオケで皆思い入れを込めて熱唱している姿を見ればよく分かる。
 それに対してジャズではまず最初にリズムありきだ。これにメロディが付き、歌詞は後で付けられる事も多い。特にアドリブ主体のジャズではメロディさえも一部演奏されるだけなので余り分からないこともある。このようにリズム優先になった理由はジャズがダンス音楽としてスタートしたからであろう。従って身体を動かしたくなるようなスイング感やドライブ感が最も重視されるのである。
 勿論、ジャズでもヴォーカルの素晴らしい詩の付いているものもあれば、しっとりと音の美しさを強調するジャズもある。だから楽み方は人それぞれ。眉間に手を当てて難しい顔で聴いても一向に差し支えはない。然し身体をリズムに合わせて揺らし、手を打ちながら楽しく聴いて帰ればカラオケ熱唱に優るとも劣らないリラクス効果がある事は間違いない。

第16回  あがるな、落ち着け
 絵画や書は一つの作品に充分時間を掛けて練り上げることができるが、音楽や舞踊では稽古場でいくら上手く行っていても本番のステージでトチったら苦労は水の泡となる。本番でトチる最大の原因は“あがる“ことにある。
 私が今までに一番あがったのは大学に入って始めてのコンサートで、幕が開いたら観客は女子学生ばかり。男子高校出の私は女性の前での演奏経験が皆無だった。頭の中は真っ白で何を演奏したか全く覚えていない。
 ヨーロッパの有名な巨匠と言われるある指揮者は演奏の前に必ず何やらメモに目を通しているので不思議に思った楽団員が一体何が書いてあるのか恐る恐る尋ねた。指揮者はそのメモをそっと楽団員に見せた。そこには一言“落ち着け”と書いてあったという。
 このような巨匠にしてこうである。我々がある程度あがるのはやむを得まい。私は“少しくらい間違ったところで殺されやしないのだ。“と開き直ってからは余りあがらなくなった。むしろ最近では緊張感を楽しむ傾向にある。程良い緊張感とメンバーとの一体感が生じた時が結果的に最も良い演奏となっているようである。

第17回  ジャズを気楽に楽しもう
 先日、朝日新聞夕刊連載のエッセイで、寺島靖国氏が述べていた。氏の経営するライブハウスで1ステージの時間を短縮し、休憩時間を増やしたそうである。私は大賛成であり、当然の策と思う。
 更に言うと、一般にライブでの演奏では1曲の演奏時間がやたらと長い事が多い。しかも何の解説もなく次々に演奏されるとどの曲も同じに聴こえてしまう。ジャズを楽しむと言うより有り難く拝聴と言う感じ。この観客無視の不親切さがジャズ人気低迷の一因ともなっているのではないだろうか。
 若干我が田に水を引かせていただくと、私のバンドでは大体1曲は5,6分。簡単な曲の解説やエピソード等も取り入れ、1ステージは約30分から40分程度か。後は休憩時間にミュージシャンと客が混じって会話や酒を楽しむ。
 これではマニアは確かに不満かも知れない。然し客の中でマニアは一握りだから我慢してもらう。そうでもしないと一般の方はジャズからどんどん離れていき、やがては数人のマニアが難しい顔で聴くだけの陰気なライブハウスとなってしまうのではないだろうか。
 “寺島さん、頑張れ!“と大いにエールを送りたい。

第18回  耳からウロコ
 私の音楽とのつき合いの中で、目からウロコならぬ耳からウロコの落ちた経験が何度かある。最初のウロコはニューオリンズのクラリネッター、ジョージルイスの日本公演であった。
 学生時代から彼のレコードをすり切れるほど聴いていただけに来日を知って狂喜した。然し金が無い為東京公演のチケットを買えず、漸く友人宅に泊まって広島公演を聴くことが出来たのである。
 ステージでの演奏は期待を遥かに上回る迫力で涙が出てきた事を覚えている。終演後、警備が手薄なのを幸いに楽屋に潜り込み片言の英語で話し込んだ上、帰りには彼の使い古しのリードまで貰った。有頂天とはこの事である。
 その後、ルイアームストロングやデュークエリントン等の日本公演でウロコの落ちる事は多々あったが、ジョージルイスとの出会いは最初の経験だっただけにその印象はとりわけ強烈である。
 彼の墓はミシシッピー河を挟みニューオリンズ市の対岸にある。ジャズ仲間らと共にニューオリンズスタイルのブラスバンドで市内から墓までパレードし、念願の墓参りを果せたのは広島の楽屋訪問以来10年後のことであった。

第19回  バンドリーダーの役割
 バンドリーダーと一口に言ってもバンドの形態が様々で、バンド独自のカラーもあるので一概には言えない。コンボ(小編成)バンドの場合、リーダーの一般的な役割は選曲、曲の構成決め、演奏中の指示、司会進行等がある。
 中でも最も気を使うのは選曲である。客層を考慮しつつ、曲想やテンポの変化に気を付けながらプログラムを考える。何より観客に喜んでもらえるような、それでいて余り媚びる事の無いよう、自分のレパートリーの中から選んでいく。そして譜面やコードをメンバーのために事前に揃えておくのも業務の一環である。
 ただこれで終わればリーダーも苦労しない。肝腎なのはライブの雰囲気に応じて当為即妙に盛り上げていく事である。曲目も臨機応変に変更するし、リクエスト曲の演奏、ソロ演奏等何でもありだ。野球でバントや盗塁を適宜取り入るのと同じである。詰まる所、リーダーたるものの役割は野球の監督、オーケストラの指揮者、バンドリーダー、更に会社の社長に至るまで皆一緒で、周囲の状況を見つつ流れを自分の目指す方向に変えること、これに尽きるのではないだろうか。

第20回  諏訪内さんのエッセイを読んで
 最近諏訪内晶子というバイオリニストのエッセイを読んで大変感銘を受けた。彼女は20歳でチャコフスキーコンクールで優勝したのを始め、数々の国際コンクールの入賞経験を持つ文字通り“天才バイオリニスト“である。エッセイには日頃の凄まじい練習やコンクールでの想像を絶する戦い振りが描かれており、驚異に値する。しかしそれにも増して感激したのはこうして功成り名遂げた後の彼女の姿勢である。彼女の選んだ道は一時ソリストとしてのコンサート活動を休止し、一学生として音楽以外の勉強のために留学するのである。と同時に本業のヴァイオリンでは良き師を求めて世界中に勉強に飛び回るのだ。
 天才と言われる人は十代で技術的にはほぼ頂点に達する。しかしそこから真の音楽を生み出す事が重要で“天才も20歳過ぎればただの人“になる事も少なくない。そこから音楽に魂を吹き込まねばならないことに気付いた彼女はそのために人格形成の道を選んだ。音楽は機械でなく、人間が演奏するものだ。クラシックもジャズも同じだが人間性がそのままその人の音楽に直結するという事を痛感させられたエッセイであった。

過去のエッセイ

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−第21回から第30回
−第31回から第40回
−第41回から第50回
−第51回から第60回